転職が決まりました

転職が決まったので、このブログのタイトルも別のものにするか、閉鎖するか考え中です。

若かりし時にアメリカにいたときからの自分のミッションは、「日本に外国人がもっと来て、国籍や人種や言葉を超えて多様性を受け入れられる社会になること」だったので、外国人材の、しかも海外側での仕事は一生の仕事にすると考えていました。

送り出し機関といえば、実習生から多額の金額を巻き上げてという印象で、そういうところがほとんどでしょうが、今の勤務先はそうではなく、社長とも信頼関係作ってやってきたので、ここをやめるつもりはないが、万が一辞めることがあれば、ベトナムでは外国人材の仕事をすることはない。と決めていました。

他所の送り出し機関だけでなく、日本の人材紹介会社のベトナム支社なども変なところ多いですからね。

しかしそんな「絶対に転職することはない」と思っていましたがやめることにしました。

大前研一先生がずっと昔に「産業突然死」ということを書いていて、ある時ピタっとその業界自体がなくなるほど時代が早く動いているんだ!的な内容だったと思います。

これがコロナで一時的ではあっても、多くの業界が「産業突然死」かというくらい大きな影響を受けていて、いつまで続くかわかりません。

日本の観光業界でもインバウンドのお客さんに喜んでもらおうと作ったホテルを閉鎖しなければならなくなったり、長年続けてきた工場をたたんだり、ベトナムにいた日本人の日本語教師もみんな帰国するなど、多くの人が志半ばでという状況だと思います。

私もこのブログで外国人材業界は一時オワコンと何度も書いてきたのでうちの会社も私もオワコンになることは覚悟していましたが、なんとか乗り越える気でいっぱいでした。

しかし3月から自ら進言して給料を半分にしてもらって、その後1/3にしてくれと言われて受け入れて7~8カ月過ぎて、いくら物価の安いベトナムでも家族3人で生活していけないことや、日本でのコロナが秋頃までにはカタをつけてくれるだろうと思っていたのが全然ダメで、経済的な影響もこれからもっとひどく、長期に及びそうなのです。

社内で新規事業にも取り組んできましたが、全然畑違いなので一枚岩となって進むことができずに、入口の手前でとん挫したこともあり、会社にとっても一番良いのは極限まで小さくして冬をしのぐことだと思うし、自分もこの冬(季節のことじゃないよ)を乗り越える自信がなかったので転職を決意しました。

しかしここは私にとっては異国の地。

日本人の求人が多いわけではない。しかもコロナで撤退などもあるようですし、サービス業も絞っているし、同業の送り出し機関や日本語学校も行く気は全くなかったが求人も全くない。

しかも40歳を超えていて、こちらの求人に多い工場の管理や経理、ITの仕事の経験がまったくない。転職できるかも超不安でしたが、決心して人材紹介会社の人に相談してから2週間もたたないうちに決まった。しかもものすごく興味深い会社で給料もこちらでの現地採用の相場よりもかなり良い条件にしていただいた。

外国人材の仕事は志半ばでという感じで心残りはありますが、新しい業界でがんばっていきます。